2009年07月20日

国境の雲

心が痛む。心の底から痛みが込み上げてくる。星の数ほどの銃弾が、家々の壁に刻まれている。戦車の大砲は屋根を吹き飛ばし、一瞬で幸せの形を変えた。目に見えない涙は、今も川のように流れている。僕は今、ボスニア・ヘルツェゴビナに来ている。セルビア共和国のベオグラードに2週間滞在した後、車で首都のサラエボを目指した。セルビアの国境を越えると、辺りは一変した。無数の弾丸は、家という家の壁に穴を開け、更にその殆どは、戦車の大砲で屋根を吹き飛ばされていた。まるで大きな “戦争ジオラマ” を見ているような、今まで僕が旅した中では、初めて見る風景が広がっていた。

PKY09713_0048ss.jpg国境を越えて10キロくらい走ったところで車を止めた。静かな農村地帯にも、大きな傷跡はあった。撮影をしていると、いつの間にか僕の近くに人がいた。おじさんは酔っぱらっていた。「こっちに来い」とでも言っているのか、ついて行くと、牧草を積む作業をしている家族がいた。僕を見ると、まるで宇宙人がやって来た!というような驚いた顔をしていた。むりやり笑顔を作り、僕は日本から来たことを伝えた。農作業の様子を撮影させてもらい、続けて崩れた家を撮っていると、今度はおばあちゃんが「こっちに来い」と誘ってくれた。ついて行くと、そこには建設中の小さな家があった。「屋根はお金がないからまだ完成しないんだ」と、少し悲しい表情を僕に見せた。でも別れ際に、記念写真を撮ろうとレンズを向けると、おばあちゃんはどこか誇らげだった。

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ベオグラードから7時間。国境を跨いでから、延々と傷のある風景は続き、夕方、オレンジ色に染まった空に迎えられ、サラエボに到着した。到着してから、僕の心は更に痛んだ。色々な国を旅して来たが、これほどまでに穴だらけの都市は、今まで見たことが無かった。夕日の斜光は、傷ついた壁の穴の陰を色濃くし、痛みを更に演出していた。ベオグラードに戻る道中、デルベンタという小さな村で、40代の男性の話しを思い出していた。幼なじみの友人と、必ず再会をしよう!と、互いの検討を誓い、堅く抱き合い、そして別れた。明日からはお互いに銃を向け合う敵同士。「悪い戦争だった・・ 本当に悪い戦争だった・・」と、強い口調で繰り返した。村人が手を握りあってダンスをする仲は、明日には敵になる。恐ろしくて想像したくない。こんな話しもあった。彼と同じ軍隊に属していた幼なじみの友達は、戦闘中に死んだ。「時々おばさんに会いに行くけど、僕の顔を見ると、必ず泣き出すんだ。泣かない時は無い」。ずっと苦笑いの表情で話してくれていた彼だったが、この時は、とても険しい表情でに変わっていた。ボスニア・ヘルツェゴビナには、僕には見えない涙が、今も川のように流れている。いや、この国だけではない。戦争が起きた全ての国に、今も涙は流れている。

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今回の訪問は、戦争を知る、僕の最後のミッションだった。今まで、広島平和記念資料館などの施設、そして数々の戦争の映像を、茶の間で見てきた。僕は最後に、自分でその現場に立ってみることを経験しなければと思っていた。そして今回、戦争の爪痕を残した地で、僕は心を痛めた。僕にはもうこれで十分だ。これからは戦争について勉強することも、戦争ミュージアムに行くことも、戦争ドキュメントを見ることもないだろう。戦争の悲劇は、もう十分に伝わった。ボスニア・ヘルツェゴビナの旅が終わった。デルベンタの広い空には、丁度良いサイズにちぎれた綿菓子のような雲が、水色の空に満遍なく浮かんでいた。国境を超え、セルビアに入っても、空にはボスニアと同じ雲が広がっていた。

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