2009年11月18日

日韓の思い出

先月、日本代表 vs スコットランド代表の試合が日産スタジアムであった。小机駅からスタジアムまでの道のりは、親善試合にも関わらず、多くのサポーターで賑わっていた。細い道路を埋め尽くすその様子は、まるで産卵を迎えた鮭の群れが上流めがけて遡っていくかのようだった。僕も群れの一匹になった気分で歩いた。それでも、路地を一本入ると民家や畑があるだけで、辺りは静まりかえっていた。

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PKY09X10_3071-1S.jpgスタジアムのネオンが時々遠くに見える。日韓W杯の決勝を思い出していた。あの夜、日本人が折った鶴が、横浜の空に舞った。大会最後の夜に折り紙の鶴と言うこともあってか、僕の心に「グッ」と響く何かがあった。そんなセンチメンタルな気分の最中、少し離れた所で兄貴が満面の笑みで、舞い降りる鶴をかき集めていた。僕も見えない所でそれを真似た。5年後のある日、当時僕が着ていたビブスのポケットから、「ポロり」と、鶴が落ちてきた事があった。今思うと、その鶴は僕に幸運をもたらした。その年、ドイツW杯の記録が、写真集という形になった。ランドマーク社の里見さんとスタッフの手によって作り上げられた大作。今では僕の一生の宝物となっている。また鶴が、僕の身の回りに再び舞い降りるかも、、。変な期待している今日この頃。南アフリカまで、あと7ヶ月。

2009年11月08日

あの男が帰ってくる

あの男が帰ってくる。右サイドからDFを抜き去り、ひたすらゴールに突進する男が帰ってくる。よみうりランドに到着すると、練習場の片隅で勝又はテーピングを巻いていた。入院中に彼を訪問した時、がっちりとギブスで固定された右足と、慣れない松葉杖を使う姿が痛々しかった。怪我から8ヶ月。他の選手がフィールドで走り回るのを横目に、彼はリハビリを続けてきた。再開を分かち合う握手、そして一言二言交わした後、飛ぶようにしてピッチに駆けていく。その後ろ姿からは、あの大怪我の面影は無かった。全体でロングパスなどの基本メニューを黙々とこなし、最後は別メニューでシュート練習を行っていた。体のキレは当然100%ではないが、今シーズンの試合には十分間に合いそうなパフォーマンスを披露していた。

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Jへの昇格がなくなった町田に、右の暴れ馬が帰って来るかもしれないと言う、明るい知らせが舞い込む。JFL昇格後、まだ一度も野津田のピッチに立っていない勝又は、フットボールに餓えている。DFを置き去りにする感覚、ボールがネットに吸い込まれる感覚、そして何よりも、ホームの観衆の『 声 』に餓えている。