2010年06月17日

Diego Forlán Corazo

既にかなりの経費がこの大会につぎ込まれている。W杯はこんなにもお金が掛かるのか、、。特に交通費が半端ではない。飛行機を予約しようにも、増便に期待していたが席がなかなか空いていない。空いていても片道だけとか、既に試合が始まってからの到着便だったり、ビジネスクラスだけだったりで、とてもとてもヨハネス近郊から脱出出来そうもない状況だ。4年に1度なんだからと、少し太っ腹になったって、一日に10万近くも掛ける事はちょっと出来ない。今までフリーランスで働いてきたカメラマンやライターの人達の凄さを、この地で感じている。

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今日は、南アフリカ vs ウルグアイの試合に足を運んだ。開催国はどうしても見ておきたかった。チケットセンターでは、既に売り切れだったが、早めに会場周辺に行くとダフ屋がコソコソとチケットを売っていた。倍もしない価格でさばいているチケットを、僕は即決で購入した。今大会のチケットはバカが付くほどに、安い!思い返すとフランス大会は酷い状況だった。何十万も払って日本戦を見る人までいた。仕事を抱えていた僕にはチケットを売る事は出来なかったけど、売れるのなら売ってしまい気分だった。

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ダフ屋から無事にチケットを手に入れてからは、近くの酒場で地元のビールを楽しんだ。スタジアム周辺を歩く人たちは、どう見てもお金を持っている人ばかり。南アリーグのチケットは数百円で買えるので、そんな環境でサッカーを観ている人にとっては、W杯のチケットは到底手に届かないのが現状なのだろう。

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ウルグアイサッカー協会には僕の友達がいる。大会直前までメールのやり取りをしたいたが、キャンプに入るとパタリとメールが来なくなった。広報担当の彼は、チームが勝ち進むまで休む暇はない。そんな経緯から、僕はウルグアイを応援していた。ペナルティーエリアの外から、フォルランのスーパーゴールが炸裂する。ブブゼラが一瞬にして鳴り止む。そんなシーンを目の辺りにした時、この試合に来て良かったと思った。終わってみれば力の差を見せつけたウルグアイの完勝。昼間、西日の中で飲んだビールが夜になって体を冷やす。帰りは必要以上に足早で会場を後にした。

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2010年06月15日

onigiri

今日は一日、ヨハネスブルグ郊外にあるサントンの宿にいた。早くも休日である。ヨハネスブルグ近郊で行われる試合はブラジル vs 北朝鮮。大会が始まってから、初めての真夜中の試合でしかもエリスパークとあり、取り敢えず様子を見ることにした。

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今日はスタッフの為にカレーを作った。ビーフ・ポーク・チキンと、3種類を作り貯めし、小分けして冷凍にする。ご飯も何合も炊き、これもサランラップに一食分を小分けする。僕の仲間は、試合開始5時間前には会場に入り、その日のピッチ入場許可をもらって取材の準備をする。試合後は日本に写真を電送するが、写真のセレクトから処理まで行うため、2時間近く掛かって作業する。夜8時半の試合開始であれば、宿に戻るのは深夜2時。疲れ果て腹を空かせて戻ってくる仲間は、香ばしいカレーを頭にちらつかせながら家のドアを開ける。プレスセンターでの食事は簡単な物で、数日もすれば直ぐに飽きてしまう。だからある人は、日本から持って来たふりかけを使っておにぎりを作り、それを会場に持参する。異国の地で態々おにぎり?って思う人もいるかも知れないが、カメラマンの集中力と体力の消耗は凄まじい物がある。そんなストレスや疲れを回復してくれるのは、慣れた食べ物だったりする。おにぎりにまつわる話しがある。1996年のアトランタオリンピックで、プレスセンターのセキュリティーを通ろうとした時、バックの中にあったおにぎりを怪しく思った警備員が、爆弾かと勘違いして慌てた事があった。これには僕もどう反応していいのか流石に困った。銀紙に包まれた黒い固まりは、おにぎりを知らない人にとっては、どう見ても怪しい物体でしかない。その珍事件以来、警備員は僕の顔を見る度に笑っていたのを思い出す。出来上がったカレーを口にする。味は最高だった。なによりも異国の地で食べる日本のカレーは本当に旨い!ソファーに寝転びながら、VIPな気分で試合を観戦した。明日は南アフリカ vs ウルグアイ。チケットセンターではこのカードはSOLD OUTと出ていた。会場周辺には、必ずダフ屋がいる。明日は先ず、チケットの値段交渉を頑張らなくてはならない。

2010年06月14日

本当のカメルーン人

ブルームフォンテーンは晴天だった。空気は冷たく、夜の冷え込みが気になった。僕は何を血迷ったのか、Tシャツとフリースという、かなりの軽装で現地に降りたってしまった。すっかり寒い場所だということを忘れていた。ショッピングセンターでインナーを買おうと探し回ったけど、もう既に売り切れだった。後はもう、自分の蓄えた脂肪に頼るしかなかった。

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早いランチを一人でとった。試合開始6時間前にも関わらず、既に日本人が溢れていた。僕も含め、日本人のパワーは相当な物だ。景気が良い時代ではないのに、サッカーともなれば、4年後に見据えて貯金をし、更に会社を辞めてまで地球の裏側まで駆けつける人がいる。僕には出来ない事だから、唯々驚くばかりだ。居心地の良いウエスタンスタイルのレストランで、バッファローウィングとビールを楽しむ。W杯恒例の街の雑感は、会場に向かうバスの中から数カットシャッターを切っただけに留まった。

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最悪の事を考えてしまうと、やはり街には足が運べない。案の定、街では無かったが、早速カメラマンが羽交い締めにされ、機材などを盗まれたとの情報が入る。僕もその現場を数時間前に歩いていた。でも、普通に歩いていたわけではない。数十メーターごとに後を振り向き、立ち止まり、反対側の道を歩いたりと、警戒心の強い動物のような行動をとりながら歩いていた。旅には落とし穴が幾つもある。災難だったが、危機感と警戒心を維持しなくては、最悪な結果に繋がってしまう。

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スタジアム周辺では、カメルーンのサポーターを探した。現地人がカメルーンのユニフォームを着ていたりするので「本当のカメルーン人」を探すのに手こずった。まあ、実際のところは僕の撮った人もカメルーン人だったのかは定かでは無いが、思い込んで撮影を続けた。日本の大事な初戦が始まった。嬉しい事に、僕の周りには「本物のカメルーン人」がいた。

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服装とそのリアクションからは疑いようのない、本物のカメルーンの人に間違いはなかった。試合に見入る人々の顔を眺めているのは、どんなスーパープレーを見ているよりも楽しい。日本は勝利し、僕は早足に空港へと向かった。

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空港に到着すると、カメルーンのバスがやって来た。スタッフが忙しそうにバッグをセキュリティーに預けていた。雑に放り投げられたバッグの山は、負けたチームを象徴するかのような光景だった。

2010年06月13日

ガーナのおばさん

おばさんは呪文を唱え始めると、周りの女性が彼女の両脇を支え、大きな声を掛けてうちわのような物で風を送り始めた。そのうち目を白黒させ、失神寸前で目を開けた。顔つきは変わっていた。何だ!どうした!ブードゥー教か!とにかく、こんな事が本当にあるのか!と驚いた。僕はサッカーの試合を見に来たのである。スタジアム周辺で、こんな事が起きていること自体、前代未聞のことだった。サッカーの神が彼女の身体に入り込んだのか、辺りはしばらく騒然としていた。

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いきなりとんでもない写真を撮ったもんだ。さい先の良いスタートになったのかどうかは、宿に帰るまでは分からないが、今日は何かが起こりそうな気がした。会場へ入ると試合は既に始まっていた。ダフ屋から購入したチケットは二階席だった。一階席中央付近では、ガーナ人100%のサポーターが盛り上がっている。僕は迷わず移動した。そこはサッカー天国だった。撮影半分、踊り半分と、久し振りにサッカーを心から楽しむ時を過ごしていた。とにかく体が自然と動き、自然と声が出る。メディアの仕事をしている者は、このような体験をする事はない。まあ、皆仕事で来ているわけだから、僕がかなり暴走しているという事になる。ガーナの応援は、アフリカの独特なリズムで、女が高い声を出して歌っていた。肩を組んだり、隣の人と手を合わせたり、座ったり立ったりと、皆で同じ動きをするスタイルは、今まで見た応援で一番気に入った。

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見ていて楽しく、何度も言うが、とにかく自然と体が動き、声が出る。初日に聞いたブブゼラは感動したけど、今日はうるさく、とても邪魔に感じていた。ワールドカップは、その国によって全く違った応援を聞ける。僕にとってはサッカー + コンサートである。イングランドは絶妙なタイミングで声を出し、スペインは82年からの名物おじさん“マノーロ”の太鼓の合図で声を出す。ブラジルにはサンバがあり、ドイツにはゲルマン人の図太い声の合唱がある。ブブゼラは南ア限定にするべきだ!と、僕は一人で怒っていた。

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この夜、ガーナは勝った。おばさんの死にものぐるいの祈りは通じた。僕もおばさんのすぐ近くにいたから、サッカーの神が見方したのか、今日は沢山の作品を撮ることが出来た。宿に戻ると、部屋の静けさに少し違和感を感じた。耳に残ったリズムを頼りに、あの小刻みのステップを真似をしてみた。鏡に映る自分の姿は、リズムに乗れない38歳。疲れ果てた日本人カメラマンがそこにいた。

2010年06月12日

ヨハネスブルグの親子

サッカーシティー周辺は、なるほど噂通りな所だった。橋の向こうへ行ったらただでは帰ってこられないな・・・。この角からあの場所まで行ったら、あの連中に羽交い締めされてスッポンポンか・・・。僕は場所を選び、カメラを出すタイミングも考えた。スパイ活動をしているかのような行動は、とてもW杯を取材しているとは思えなかった。

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スタジアム周辺での雑感は、いつも一番時間をかけている。スタジアムに入るのは試合開始ギリギリで、国歌が会場の外で聞こえたりすると、身震いする程にボルテージが上がる。大会2日目にして、早くも自分の満足のいく写真が撮れた。それは親子のポートレート。着ている服にサッカー色は何もない。唯々、幸せそうな親子の写真を納めた時、この大会で、これ以上の作品は撮れないと思っていた。

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少し話しはそれるけど、大人が子供の幸せを願うのは当たり前だが、いつの頃からか、僕の子供に対する思い、そして親子の関係などにとても感心を持つようになった。15年間の海外生活を終えて帰国した時、児童虐待や親が子を殺し、子が親を殺すといった、今もそうだけど、あり得ないような事件を略毎週のように耳にしていた。悲惨で、言葉を失ったのを思い出す。サッカーは、そんな不幸が起こらなくなる治療薬になると僕は思っている。このブログでは、長いストーリーになってしまうので書くことは出来ないが、ドイツW杯でイングランドサポーターの親子の姿をプラットホームで見て以来、サッカーと一緒に旅をする事が、どれだけ絆を深めるのかを考えた。日本人として、自国の子供たち、そして世界中の子供たちがサッカーで幸せになって欲しいと願う。と、かなり話しは飛んだけど、親子の写真を撮った後、僕はスタジアムに入った。席は略一杯になっていた。よくもまあ、自分を含めたこれだけの沢山の人がこの南アフリカまで来るよな〜と、感心をしたのがスタジアムを見渡した第一印象だった。

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撮影は程ほどに済ませ、チケットに示された席にすわった。フィールドでは選手がボールを追いかけ、カメラマンはその姿を追っていた。98年フランス大会以降、チケットを購入してスタンドに座った事がなかった僕にとって、W杯をこのような形で観戦していることに違和感がありながらも、どこかで嬉しく、少し体がくすぐったかった。南半球は冬。次第に日が落ちて気温も下がった。アメリカの不味いビールを飲み干したところで席を立ち、再びスタジアム内を歩いた。

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試合を見ていなくても周りの人を見ているだけで幸せな気分になる。サッカー馬鹿で走った時代もあったけど、実はそんなにサッカーが詳しいわけではない。サッカーの周辺が僕のサッカー。明日はどんな風景と出会えるだろうか?今日も無事に一日を終えた。

2010年06月11日

開幕はソウェトで

開幕戦は、始めからパブリックビューイングで撮影することに決めていた。ソウェトに住む友達のワンディレと合流したのは、試合開始1時間を切っていて、僕らは南アフリカの国歌には間に合わなければと、不安を抱きながらソウェトへ車を飛ばした。僕の中では、南アフリカの初戦の国歌は、大会を通して一番大事なシーンになると考えていた。国民がどんな思いで大会を向かえるのかは、歌う姿を見れば伝わってくる。僕らはギリギリ、国歌斉唱に間に合った。スクリーンを背に、レンズを群衆に向ける。表情は様々。嬉しそうな顔、恥ずかしそうな顔、誇りに満ちた顔、、。どの表情も生き生きと、印象に残る顔をしていた。目の前に広がる現実をしっかりと目に焼き付けながら、夢中にシャッターを切った。お世辞にも大きなスクリーンとは言えない仮設のテレビが設けられていた。試合に釘付けになってるのかと思いきや、そんな事はなかった。

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ちょろちょろと移動したり、ブブゼラを吹いたり、ちょっかいを出し合ったり、、。南アフリカ人には、集中力というものはないのだろうか?それでもチャンスとピンチには、今までのゲームの流れを全て見ていたかのようなリアクションをする。

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子供達は試合に飽きたのか、広々とした公園で、ボールを蹴り始めてしまった。前半終了間際、突然テレビのモニターが消えた。電気のトラブルだとワンディレは説明してくれた。皆、それぞれの家を目指し、会場を後にする。僕とワンディレは、彼女の実家に移動して観戦することになった。それにしても僕を含む会場に足を運んだ人たちは、ハーフタイムの15分で移動出来るはずがない。でも、誰一人文句を言っている人はいなかった。むしろ彼らの表情からは「もうこれ以上の幸せはない!」と言い切るかのような、嬉しそうな表情がとても印象的だった。南アフリカ人は、温厚で人なつこい性格なんだと知った事で、僕の旅が良い方向に、一気に加速していくような気がした。これも全て、ワンディレのがずっと側にいてくれたお陰。ありがとう、ワンディマン!!

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2010年06月10日

サントンでの出来事

朝7時。ブブゼラの音で目が覚める。今日はサントンのショッピングモールで買い物をした。今回、旅の仲間が2人いる。1人は20年前に僕が勤めていた会社「PHOTO KISHIMOTO」で働いていた先輩。もう1人は、現在もそこで働いている後輩。先輩には、時々悩みなどの相談に乗ってくれたりと、とても信頼をしている人。後輩は、良い意味でようやく写真の世界への扉を開けたよう気がする。と、かなり先輩目線のコメントだが、今後を期待している。歩いていると「ネルソンマンデラスクエアー」と言う広場に出た。アパルトヘイト解放に、命を掛けた英雄「ネルソンマンデラ」の巨大な銅像が、立派に堂々と立っていた。残念なことに広場の90%は、大会メインスポンサーのソニーが独占していて、大事な観光スポットは、台無しになっていた。

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ショッピングモールは、特に危険な匂いはしなかった。観光客と地元のリッチな人々で賑わっていて、僕らは生活必需品や食料を買い、両替などの用事をスムーズにすませた。その後、先輩と後輩はプレスセンターにプレスパスを受け取りに行った。今回、僕は初めてプレスパスを持たずに一般客として大会を撮影することを決めた。期間中は殆ど1人で行動することになり、当然キケンも隣り合わせになる。1人での油断は大事故に繋がりかねないので、2人と別れてから、僕の体には新しくいくつもの” 目 ”がついたかのように、辺りをチョロチョロと気を配りながら歩いた。気がつくと辺りは大分暗くなっていて、その風景に恐怖を感じた。早歩きで近くのホテルまで移動し、そこからタクシーを捕まえる事に決めた。でも、モールを出ると、そこには地元の人が集まっていて、W杯前夜の興奮を、歌と踊りで爆発させていた。

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南ア到着後、初めて出会った熱い光景を写真に納めないわけにはいかない。でも「真っ暗になる前に宿に帰りたい・・」と言う気持が、僕の頭の中を行き来する。結局、カメラマン魂に火が付いて撮影に没頭することになった。言うまでも無く、帰りはちょっとした肝試しをすることになったが、何事もなく、無事に一日を終える事が出来た。

2010年06月09日

妻の涙

僕は玄関で靴を履いていた。2歳の娘が天使の様な笑顔を振る舞う傍らで、妻は普段見せない涙を流した。僕は思いっきり笑うしかなかったけど、バスに乗り込む直前までもらい泣きしてしまった。なんなんだろうか?南アはそんなにヤバイ所なのか?いつも旅をしてきた僕にとって、旅立つ前にこんな嫌な緊張は今までなかった。戦場に向かうカメラマンになったかのような気分の中、僕は成田へと向かった。タイ航空のバンコク経由・ヨハネスブルグ行きの便には、いつもスタジアムで顔を合わせる日本を代表するお馴染みのカメラマンやライターが集結していた。飛行機に乗り込み、バンコクでタイ料理を堪能し、再び最終目的のヨハネスブルグ行きの便へ。南アフリカの上空に差し掛かった時、煌々と光るオレンジ色の太陽が小窓から射し込む。この素晴らしい風景と、これから始まる大会への様々な不安が交差する中、機体は高度を下げてランディングの体制に。茶色い大地に道路が見え、家や車が確認出来る。とうとうやって来た、南アフリカ。

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タクシーに乗り込むと、車は160キロの早さで高速をぶっ飛ばした。このような運転をする国は他にもあったけど、今回ばかりは噂の南アフリカとあって、かなり嫌な汗をかいた。20分程走った所で車は路地へと入っていった。するとブブゼラを持った集団が、僕らのタクシーめがけて一斉に大きな音を吹きかける。何事か!?と、カメラマン一同唖然としていると、タクシー運転手は嬉しそうにハンドルを握りながら、座りながら踊っていた。なんと言う光景だろうか。車窓からカメラを構え、南アの大地に降りたってから、最初の一枚を記録した。

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サントンと言う街は白人が多く住む街で、そこに僕らのホテルがある。カメラを一台持って街に出た。色が違う。南アフリカの光は強く、何か気持ちの良いコントラストがあるように感じた。

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大きな期待と情熱が湧き、旅の初日は、いつになく心が弾んだ。眠りに着く頃、ブブゼラの音が時折聞こえてくる。最高の旅になることを願って目を閉じた。

2010年06月08日

弱かったのは、僕だった。

とうとう今日と言う日がやってきた。南アフリカへ出発の日である。あぁ、娘と離れるのが辛い。1ヶ月と1週間。久し振りの長期となる。今朝、娘を幼稚園に送った時の事。別れ際に「ママもサチも(妹)ウータンも(縫いぐるみ)いるから大丈夫だよ」。寂しい気持を、我慢して我慢して出てきた言葉がそれだった。帰り道、自転車で風を受けながら、自然と涙が出てきた。弱かったのは、僕だった。

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2010年06月04日

エールを贈る写真集「YELL TO YOU」

皆様!僕がお世話になっている平井慶祐さんの 「エールを贈る写真集・YELL TO YOU」がいよいよ6月6日に出版されます。注目です! http://funny.petit.cc/

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実は、平井さんとはまだ直接お会いしたことがありません。メールやお電話でのやり取りしかないのですが、電話から聞こえる彼の声は、今にも笑顔が飛び出てきそうな程に、明るく楽しそうな声をしています。過去に「Smile makes your Smile」という写真集も出版していますが、人の笑顔に魅了され、時に悩み、撮影を重ねた平井さん。人は言葉が通じなくても、笑顔があれば通じ合うことが出来る。そして地球上で唯一、笑うことが出来るのは、人である。

「エールを贈る写真集・YELL TO YOU」

2010年06月03日

南アフリカへ

あと5日で南アフリカへ出発だというのに、未だに実感とやる気が湧いてこない。この気持は前回のドイツと大きな差がある。仕事があまり無い事がテンションの低さの原因の一つでもあるけど、やはり何よりも、雑感を中心に撮影をする僕には、現地の治安の悪さが気に掛かり、トーンダウンしている状況だ。

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今回はメディアとしてではなく、一般の観客の目線での撮影を試みる。チケットをダフ屋で交渉したり、会場までの道のりに、今までとは違う環境に苦労する事もあるかも知れない。でもその環境の中での撮影は、かなりリアルな現場を記録出来ると期待している。

PKY06701_0099ss.jpgフリーランスになってから初のW杯ということあって、かなりの出費が予想される。決勝までいられるかといった不安もよぎる。写真集の出版が決まらずに出発するのは残念だけど、必ず形にしたいと思っている。インフルエンザの予防接種や機材の点検、スーツケースに冬服を詰め込んでいく。いよいよあと6日で、南アフリカの地に降り立つ。